サイボウズ株式会社

2拠点体制の出版社、そこにいるから拾える声を届ける -- 一冊入魂の流儀(前編)

この記事のAI要約
Target この記事の主なターゲット
  • 出版業界で働く人
  • 地元密着型のビジネスに興味がある人
  • 京都や東京で活動するクリエイター
  • 小規模でも影響力を持つ企業経営に興味がある人
  • コミュニティを重視した企業運営を学びたい人
Point この記事を読んで得られる知識

この記事を読むと、ミシマ社という出版社が、東京の自由が丘と京都という2つの拠点を持って活動している背景や理由、そしてその運営方針を理解することができます。ミシマ社は一冊入魂のポリシーを掲げ、出版業界で個性的な取り組みを行っています。特に、出版社というメディアが地域に根ざすことで、その土地ならではの声を拾い上げ、本に反映させることを目指している事がわかります。

京都の拠点を設けた理由の一つとして、東日本大震災をきっかけに、東京一極集中のメディア体制から脱却し、地域密着型の出版を目指した点が挙げられています。現地での新しい出会いや意外なつながりが、新しい本のアイディアの種になったり、独自の編集スタイルに活かされたりしています。さらに、日常的に掃除を通じて細部に目を凝らすことで、出版のクオリティを高める工夫をしている点もユニークです。

このように、限られたリソースでも地域に密着し、本を単なる商品としてではなく、一つの生物のように捉えて、深い関わりの中で本づくりに取り組んでいる様子を知ることができます。社員は全員で掃除をして日常的にコミュニティとの関わりを深め、その延長で出版活動を行うという独特のアプローチも学ぶことができます。

Text AI要約の元文章

あのチームのコラボ術

2拠点体制の出版社、そこにいるから拾える声を届ける -- 一冊入魂の流儀(前編)

自由が丘と京都を拠点に活動する、原点回帰の出版社「ミシマ社」。2006年の創業から7年間で、ヒット本「街場の文体論」を含む43冊の本を世に送り出しています。出版業界の新鋭である同社が掲げるのは、一冊入魂のポリシー。創業者の三島邦弘氏は、そうして生まれる本をひとつの生き物だといいます。

毎朝、自由が丘の古民家オフィスに出社した社員がまず行うのは、掃除。一見すると出版や編集に関係なさそうなこの行為も、ひとつの生命体をつくることに関係しているそうです。ミシマ社の代表である三島邦弘氏に、サイボウズ式の編集長大槻がお話を伺いました。

東京一局集中ではないメディアのかたち

三島さんに初めてお会いしたのは、この自由が丘のオフィスで開かれた3周年パーティでしたね。昭和50年生まれは活躍するんだっ、と固く握手をしたのを覚えてます。今はどれくらいスタッフがいらっしゃるんですか。

大槻

そうでしたね。いまは社員が6人です。ワンルームの部屋でひとりで始めて、気づいたら6人になっていて。古い一軒家で仕事ができたらいいなと思っていたので、たまたま見つかった現オフイスに即決しました。かれこれ5年前になります。

ミシマ社の社長、三島邦弘氏。編集長と同じ昭和50年生まれ。

社員はみなさん中途採用なんでしょうか?

大槻

今年、初めて新卒を1人採用したんです。この業界で新しい人に活躍してもらわないといけないので。若くて、とにかく本の世界が好きで、それを良くしていきたいと思っている人。大手を含め、いま出版界は非常に受け皿が少なくなっていますし。

出版業界は厳しいみたいですね。

大槻

もうひとつは、僕自身が出版っていう仕事に出会えてすごく助けてもらったから。大学のときはけっこうウズウズしていて、将来もよくわからなかった。でも、たまたま出版社に勤めることができて編集の仕事をやり出した瞬間から、本当にこんなに楽しい日々はないって思いながらがむしゃらに働き続けられた。そうやって自分を育て続けてくれているのがこの仕事なので、自分が受けるだけじゃなく、その場をつくっていきたいと思っています。

2006年に創業されて話題になり、ヒット本も出されて。7年経ってみて、創業の思いから変わったところ、新たに見えてきたことはありますか?

大槻

いま僕は京都で働いていますけども、東京一局集中のメディアから、そうじゃない流れをつくらないとどうしても画一的になってしまう。町がどんどん平準化していって、そこの町じゃなくてもいいじゃないっていうようなものしかない場所が増えていくのは悲しい。5年くらい前から、小さな出版社が日本全国にあるような状態がいいと言ってきて、でも結局僕らは東京の自由が丘っていう場所でしか仕事ができないでいました。

お邪魔したミシマ社のオフィスは、東京・自由が丘の閑静な住宅街にある古民家。

京都にオフィスを構える前ですね。

大槻

でも、東日本大震災をきっかけに、このタイミングで違う場所でやることができなければこの先もないだろうと思って。当時、2拠点の体制をとるような余裕はなかったんですけど、いろいろ整ってからやっていたらそんなタイミングは永遠に来ないので。それで京都に新たな拠点を構えて、僕自身は去年から京都をメインにして、東京にはない動きをとっていきたいと思っています。それが少しずつ動き始めているかなっていう感じですね。

2拠点にしたことの意味は、もっと地元に密着した営業活動がしたいという側面もありましたか。

大槻

もちろんそれもあるんですけども、あそこにメディアがあることで、そこの場所にいないと拾えない声を拾って形にしていくことができると思っています。昨年は、京都と奈良の中間にある城陽という町にいて、そこはいまは月に数回だけ本屋さんとして継続してます。今年3月に京都の烏丸三条に移動して、京都の真ん中にあるんです。いろんな人に会えるし、あと東京から来る人もアクセスしやすいのでポロっと寄ってくれて思いがけない話になったり。

具体的に、いま京都で制作が進行中の本ってあるのですか。

大槻

9月に、バッキー井上さんっていう方の本『人生、いきがかりじょう』を出しました。知る人ぞ知る、日本初にして日本唯一の酒場ライターっていう突き抜けておもしろい方で。京都の錦市場の漬物屋の主人であり、居酒屋のオーナーであり、酒場ライター。

ちょっとよくわからない肩書きですね(笑)

大槻

内田樹先生も、バッキーさん天才だよって言うくらいおもしろい。その人の魅力を余すところなく伝える『人生、行きがかりじょう』という一冊。関西では、Meets Rejournalという情報誌で創刊から300号までずっと連載を続けていて圧倒的に支持されているんですが、それを日本全国にシェアしたくて。

まさに、京都にいたからこそ生まれた感じですね。

大槻

ですね。京都にオフィスがなければ実現しなかったと思います。バッキーさんとのいまの距離感も生まれてなかったでしょうし。「赤字いれたよー」って自転車でフラッと来て、ハイタッチして「ほなっ」っていうやり取りを毎日のようにして原稿をつくってます。彼は、彼の居酒屋にくる人たちのことを、磯辺の生き物だって言っていて。

磯辺とはおもしろい表現ですね。

大槻

磯辺って、ヒトデやイソギンチャク、ボウフラやら船虫とか無茶苦茶じゃないですか。でも、いまって、大海を浮遊するマグロみたいな回遊魚にならないといけないっていう世間の風潮がすごくきついと思うんです。バッキーさんは、回遊魚なんてみんな同じ顔だけど、磯辺の生き物はいっこいっこ形ちゃうで、っておっしゃっていて。磯辺の生き物は、何が来ようが、環境がどうなろうが、どうやっても生きていく。それってすごく重要だなと思っています。

たしかにそういう風潮はありますね。

大槻

なんか知らないけども回遊魚的になって、みんなで同じ方向に進んで。自分たちは主体的に動いているつもりだけれど、実際はそうじゃない。そっちの生き方になってみんな苦しんで、最終的に心が病んで会社をやめるみたいになっている。

そうじゃない生き方もあると。

大槻

回遊魚的な生き方をしたければすればいいんですけど、それだけじゃなくて、磯辺の多様性ってものが生物の多様性でもあると思うんです。「百練(ひゃくれん)」っていうバッキーさんの居酒屋に行くと、それを感じます。この前も、バッキー井上組が祇園祭りで神輿をかつぐのを見に行ったんですけど、そんな風に、祭りみたいな伝統的なものと日々の日常がおり合わさって、みんなが緩やかに支え合って生きてる。京都に来てよかったなと思う理由のひとつですね。

京都っていう地域でそのような出会いがあると、もっとほかの土地にも拠点を増やしていきたいという思いはありますか。

大槻

それはないですね。そんなにいっぱいできないし、ただ自分らがやれることをやっていきたいので。チェーン展開って一番良くないと思っています。形式だけが増えていくけれど、結局システムって人なので。誰がどれだけ熱意を持ってそれを動かせるかどうか。少なくとも僕らのやってる本っていうのは、本をつくる人がどれだけ想いを持ってつくれるかどうかですから。本の形にするのは誰でもできるんですけど、魂を込めた本をつくるっていうのは全員ができることじゃない。

そうすると、ミシマ社の書籍は基本的に三島さんがすべて見られているのですか?

大槻

僕が年間にできる本ってせいぜい10冊程度。だから、いまの自由が丘と京都の2拠点で手一杯なんです。ずっと残り続ける本をつくれるようなスタッフが育てば、また変わるかもしれません。でも、それには10年はかかりますから。僕もまだ修行の最中です。

理屈では本という生き物は生まれない

後進はどのように育てていらっしゃいますか。自分の仕事を見てもらうって感じですか。

大槻

基本はそうですね。何も言いたくないので、ベストなのは勝手にみんなが働いていくこと。僕からの指示で動いている限りは、それはこなしているだけであって自分が仕事を動かしていることにはならない。その人の中で火がついて、これは自分のものだっていう風に動いていかないと熱意のこもった仕事になっていかないです。一回自分の中で身体化されたら、そうせざるを得ない。そうじゃない状態が気持ち悪くなるじゃないですか。

理屈ではなくて、感覚的なものなんですね。

大槻

そこで変にセーブしてしまってパフォーマンスが落ちたりするのは不完全燃焼感が高くて、なんの気持ちよさも面白さも得られないですから。そこは気づいてくれたらいいなって思います。決定的なことって、あとで理屈がついてくるっていうか。仕事って全部そうで、たとえば著者と向き合って本気で何かをしようっていうときの一言。そういうものって瞬時に身体が反応できないといけないし、そこの感度を保つために日々のコンディションをいかに保つかってことが仕事では大きいです。

いろんな人に会ったり、外に出て行くっていうこともその一部ですか。

大槻

そうですね。道を歩いていたらすごい人にあって、おもしろい話になることだってありえるわけで。いろんなことが空気の中に流れているから、そこをパッと感知して動けるような状態でいたいです。できてるわけじゃないですよ、そうありたいと思っています。この点に関しては、5月に出版された『仕事のお守り』っていう本にも書いています。

そのコンディション維持のために、具体的に実施されていることはありますか。

大槻

自由が丘も京都もそうですけど、まずオフィスに来たら全員で掃除をするんです。そういうところが一番気持ち良いのかなって。特に畳の部屋を雑巾がけすると、見えないものが見えてくるんですよね。

といいますと?

大槻

普段と立ち位置が変わったことで、見えないところのほこりに気がついたり。畳の目の違いをなんとなく見ていたりすると、ちょっとしたことの違いが見えてくる。本づくりでも、ん?っていう文章の違和感なんかが、開いた瞬間にパッと目に飛び込んできたりとか。逆に、なにか間違いがあるんじゃないかっていう目で見ていると逃げていくようなものが見えるんです。

なるほど。まったく関係ないところでも研ぎすまされるんですね。

大槻

このタイミングで、こんな本をつくりたいなって思っていたら、30分後にぴったりの人が突然やって来るとか。そういうことって本当にあって。

わかります(笑)。私も、企画を考えていてふらっと立ち寄った本屋で、とても参考になる本が目に飛び込んできたことが何度もあります。

大槻

それって理屈じゃないので、願っていても仕方ない。なんていうか、いまのビジネスの発想じゃ無理なんです。消費者的なマインドでは。たとえば、僕らがこの神社にはいい気が流れてるなとか、大自然ってなんて気持ちがいいんだろうって思うときって、別に何かを得ようとか損得では動いてないですよね。でも、そこに行きたいと思う。出版の仕事もけっこう同じかなと思っています。最終的に、僕は本というひとつの生き物が誕生していると思っているので、より生命力が高まっていくようなものが生まれたらいいかなって。だから掃除したりとか、なんとなく気持ちのいい状態を日々つくってみるようにしています。

後編はこちら

2014年1月 9日初期の段階では想像もしていなかったことが起こることがシゴト- 一冊入魂の流儀(後編)

(取材・執筆:三橋ゆか里 /写真:橋本直己/企画編集:大槻幸夫)

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撮影・イラスト

写真家

橋本 直己

フリーランスのカメラマン・エディトリアルデザイナー。趣味は尺八。そして毎日スプラトゥーン2をやっています。

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編集

編集部

大槻 幸夫

サイボウズ株式会社 コーポレートブランディング部長 チームワークスタイルエバンジェリスト

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