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「順列都市(上・下)」──techな人にお勧めする「意外」な一冊(9)

この記事のAI要約
Target この記事の主なターゲット
  • SF小説に興味があるtechな人
  • プログラミングやコンピュータ技術に関心がある読者
  • コンピュータとソフトウェアに関する知識を深めたい人
  • コンピュータサイエンスとフィクションの融合が好きな人
  • 近未来の技術や倫理について考えたい人
Point この記事を読んで得られる知識

この記事を読むと、「順列都市」という小説がtechな人々に特におすすめの作品である理由を知ることができる。この小説は、人物の意識をコンピュータ内にコピーする技術が確立された近未来を舞台にしており、特にコンピュータリソースを豊富に持つ者だけがその恩恵を受け、自らのコピーとして不死を謳歌している様子が描かれている。

小説の中で描かれるテーマには、コンピュータシミュレーションの理論的背景として「塵理論」が出てくる。この理論は、充分に大きな「無作為な数字の集合」が万物を再現する可能性があるというユニークなもの。この考え方を基に、将来的なコンピュータアーキテクチャが提案されることから、読者は現実の技術と仮想世界の可能性について考えを深めることができる。

特にプログラミングに従事する者にとっては、コンピュータ技術と倫理の問題を探求しながら、小説が提供する理論やストーリー展開が楽しめる要素が多く、また作者のグレッグ・イーガンが元プログラマであるため、リアリティのある描写が魅力的に思える。この記事を通じて、SFの枠を超えて現実のテクノロジーや未来の倫理に触れる楽しさも再確認できる。

Text AI要約の元文章

tech

「順列都市(上・下)」──techな人にお勧めする「意外」な一冊(9)

tech@サイボウズ式のアドベントカレンダー企画、techな人にお勧めする「意外」な一冊の9日目。石井 達夫さんのお勧めは「順列都市(上・下)」(グレッグ・イーガン、早川書房)です。石井さんとの最初の接点は、石井さんが立ち上げられたPostgres(PostreSQLの前身)のメーリングリストに、私がそれに参加したのが最初。1995年ごろだったでしょうか。当時は、本格的なデータベースサーバを個人でも試せるというだけで興奮したものです。実際にお会いしたのは、その数年後、Linux関連のイベントでだったと記憶しています。(編集部・風穴)

文:石井 達夫

「順列都市(上)」
著者:グレッグ・イーガン
出版社:早川書房
ISBN:978-4-15-011289-9
定価:819円(税込)
発売日:1999年10月22日
判型:文庫判
ページ数:282ページ

「順列都市(下)」
著者:グレッグ・イーガン
出版社:早川書房
ISBN:978-4-15-011290-5
定価:819円(税込)
発売日:1999年10月22日
判型:文庫判
ページ数:285ページ

私からtechな方にお薦めするのはグレッグ・イーガンの「順列都市」です。10年前に発表された古典とも言える作品ですが、あえて皆様にご紹介したいと思います。

私の本業は会社経営ですが、コンピュータ・プログラマとしても仕事をしています。プログラマのご他聞に漏れず私もSFが大好きで、中でもいわゆる「ハードSF」と言われる、科学を題材にしたSFには目がありません。

ハードSFにもコンピュータがテーマもしくは主要な題材になっている作品はたくさんありますが、プログラマから見るとコンピュータの扱いがいかにも素人くさかったり、あるいはコンピュータの能力が誇張されていたり(根拠なしにまるで神同様の知力を持つとか)、今ひとつ食い足りないものがほとんどでした。

そんな欲求不満を払拭してくれたのが「順列都市」です。それもそのはず、グレッグ・イーガンは前職がプログラマだそうで、しかも小説を読む限り、相当なレベルのエンジニアだったことを伺わせます。

「順列都市」の舞台は、人間の意識のコピーをコンピュータ内に再現することが可能になった近未来の世界です。しかし、人間の意識をシミュレーションするには相当なコンピュータリソースが必要です。そのため、コンピュータリソー スを潤沢に確保できる裕福な人だけがコンピュータの中でコピーとして「不死」を謳歌しています。

ところでちょっと興味深いのが、その時代ではコンピュータリソースはインターネット上から調達する設定になっていることです。リソースの価格はすべて市場原理で決められるため、誰かがリソースを買い占めると高騰し、一般人はコ ンピュータが使えなくなってしまいます。よくも悪くもクラウドが究極まで進化した世界のようですが、クラウドという概念が生まれた2006年のはるか前の1994年にこの小説が発表されたことを考えると、イーガンの先見の明には驚か されます。

さて、「不死」の話に戻ります。

シミュレーション上の不死は、所詮コンピュータというハードウェアがあってこそ成り立つもの。ハードウェアが壊れたり、政府によって没収されたり、極端に言えば地球がなくなってしまったら如何に大富豪と言えどもそれまでです。

そんな心配性の大富豪たちの前に、ある日謎の人物から画期的なコンピュータアーキテクチャの提案が。なんとそのコンピュータは、たとえこの宇宙が終了してしまっても(そうです、現代物理学によれば、この宇宙にもいつか終わりが来るのだそうです)安泰だと言うのです。

その驚異のコンピュータの理論的根拠になるのが「塵理論」です。

「塵理論」とは、簡単に言うと、塵に例えられるような「真にランダムな数字の十分に大きな集合」(本文から引用)があれば、存在しうるすべての数値表現が含まれている、というものです。コンピュータシミュレーションのデータは、数字に置き換えれば単なる0と1の羅列に過ぎませんから、そうした集合の中にすべてのシミュレーションの状態が再現できる事になります。他に必要なのは、シュミレーションの最初の状態の選択と、次の状態の選択の意思だけです。

では「真にランダムな数字の十分に大きな集合」はどこにあるのか。それはこの世界そのものを数値に見立てれば、すでにそこにあります! この上で、塵理論に基づいて動作するコンピュータのコンピュータシミュレーション(ややこしい話ですが仮想マシンのようなものだとお考えください)を実行すれば、絶対壊れないコンピュータが手に入ります。リソースの問題も解決ですね。

(わかったように書きましたが、「塵理論」の意味がこれで合っているのか正直あまり自信がありません。私のように困惑している人も多いようで、「塵理論 順列都市」などのキーワードでネットを検索すると色々な解釈が出てきて、そ れらを読んでいるだけでも結構楽しめます)。

ストーリー中では、主人公が自らシミュレーションとなって、塵理論を発見、実証するくだりが実に読ませるところです。予備知識がなくてもSFならではの知的興奮が堪能できますが、プログラマなら更に楽しめること請け合いです。

果たしてこの画期的なコンピュータは無事起動するのか、主人公が密かに企てているある計画とは……。

後は是非実際に読んでお確かめください。

塵理論のわかりにくさはさておき、これほど徹底的にコンピュータとソフトウェアについて突き詰めた小説は(SFに限らず)かつてなかったと思います。また、シミュレーションとして生きる人格の可能性について極限まで突き詰めることにより、人間とは何か、という古くて新しい問題にユニークな角度から考察を加えています。

上下巻合わせて600ページを超える大作ですが、プログラマなら思わずニヤッとしてしまうネタがそこかしこに詰まっています(たとえば、金のないシミュレーション人格が、バレないように、システムの隙間をぬって少しずつコンピュータリソースを盗む手口とか)。これらを肴に、新しいプログラムのアイデアに想いを寄せてみるのも一興ではないでしょうか。(了)

石井 達夫さんのプロフィール:
SRA OSS, Inc.日本支社の支社長業の傍ら、PostgreSQLにもたまに貢献する現役プログラマ。最近はPostgreSQL用のクラスタソフト「pgpool-II」の開発にも力を入れている。


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