「yuriCargo」で安心・安全なモビリティ社会を実現組織と社会をアジャイルに変えるデンソーの挑戦(第二弾)
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- 技術革新に興味がある企業関係者
- クラウドサービスに携わるエンジニア
- 交通安全に関心がある自治体関係者
- データサイエンスやAIに興味を持つ学生
- 車載技術やコネクテッドカーに関心がある技術者
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デンソーが開発した「yuriCargo」は、スマートフォンのアプリを利用してドライバーの運転を評価し、安全意識を高めるサービスです。このアプリはGPSや加速度センサーを活用して、ドライバーが急アクセルや急ブレーキをかけた場所を記録し、地図上にプロットして安全運転スコアを算出します。これにより、ドライバーは自分の運転の癖を自覚し、より安全な運転を習慣化することが期待されます。さらに、収集されたデータを自治体と連携して、事故が多発しやすい場所を可視化することにも役立てられています。
このプロジェクトは愛知県刈谷市や大府市で実施され、現実の事故データやヒヤリハットの情報と連携し、具体的な安全対策が行われています。また、住民や企業が広く参加できるよう、インセンティブ制度が導入されており、参加者は運転記録やスコアに基づいて報酬を得ることができます。さらに、機械学習技術を用いてドライバーの運転評価を向上させ、電車移動と自動車移動を区別するなどのデータ分析の精度を高める研究が進んでいます。
yuriCargoは企業向けにもサービスを展開しており、安全運転指導や事故防止のためのデータ分析ツールを提供しています。また、将来的にはコネクテッドカーを視野に入れたサービス開発を進めており、モビリティから直接クラウドへデータを集積するシステムの開発が視野に入れられています。デンソーは新技術の導入やデータサイエンス分野に力を入れ、交通安全の向上を目指しています。
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2022.11.15
技術・デザイン「yuriCargo」で安心・安全なモビリティ社会を実現組織と社会をアジャイルに変えるデンソーの挑戦(第二弾)
運転をアプリでスコアリングし、ドライバーの安全意識向上を促進
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クラウドサービス開発部黒田 健史
2011年新卒入社、広報部にて、アフターマーケット製品の宣伝業務や東京モーターショーなどの企業展示会の企画運営を担当後、2017年に社内公募制度を利用し、クラウドサービス開発部に異動。現在は、yuriCargoのお客様への営業活動及び導入後のカスタマーサクセスを担当している。
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クラウドサービス開発部上原 渉
2017年新卒入社、エレクトリック機器技術部にて、電動車向け駆動用モータの設計を担当後、2021年に社内リカレント教育を経て、クラウドサービス開発部に異動。データサイエンティストとして、アプリ、サービスのデータ分析、機械学習モデルの構築、実装を担当している。
デンソーの開発した「yuriCargo」は、ドライバーの安全意識向上を促進するサービスだ。スマートフォンのアプリでドライバーの運転を評価してスコアリングすることができる。愛知県刈谷市や大府市とのプロジェクトにおいてはそのデータを最大限活かし、ヒヤリハットを起こしやすい危険個所をドライバーにお知らせしている。機械学習を活用したyuriCargoは、コネクテッドカー時代における「安全」を実現するための大きな挑戦だ。
この記事の目次
危険な場所をユーザーの運転データから可視化
ーyuriCargoはドライバーの安全意識を向上するサービスということですが、どういう仕組みになっているのでしょう?
黒田:ドライバーがご自身のスマートフォンにアプリをインストールし、運転するだけで、自動で移動を検知します。運転前のアプリ操作は一切不要で、スマートフォンのGPSと加速度センサーの値を使って、実際に運転したルートや運転状況を記録します。運転終了後には、どこで急ブレーキや急アクセルをかけたのかを地図上にプロットし、安全運転意識をスコアリングします。いつどこで減点されたのか、自分では気づかない危険につながるクセを自覚し、常に安全意識の高い運転をしているか、自身の運転を振り返ることで、安全意識の高い運転の習慣化を促します。
また同時に、ドライバーの方々から集めた運転データを、クラウド上に集約し、そのデータを元にどの地点で「ヒヤリハット」が起こりやすいのかを可視化して、自治体と連携することで、その地点での安全対策の実施に繋げています。
ーyuriCargoで収集したデータの活用事例があれば教えてください。
黒田:参加者の安全意識の向上による交通事故削減を目指して2021年度から愛知県の刈谷市で、2022年度から大府市でyuriCargoプロジェクトがスタートし、潜在的な危険個所の特定やその対策実施に向けてデータを活用いただいています。
ープロジェクトの参加者は、どのような方ですか?
黒田:該当の市にお住まいの方に限らず、その市を通る方ならどなたでも参加できるよう、広く募集をしています。yuriCargoのアプリ自体はスマートフォンのアプリストアで無料公開しており、アプリをダウンロードしてスマートフォンにインストール後、アプリ内から各プロジェクトに参加していただきます。刈谷市プロジェクトの場合、参加者は2022年9月時点で約2,700名です。
ー刈谷市のプロジェクトでは、この一年でどんな成果がありましたか?
黒田:先ほど、yuriCargoはドライバーが急アクセル・急ブレーキをかけることが多い個所を地図上にプロットできるとお伝えしましたが、警視庁の事故データと重ね合わせることで、ヒヤリハットが起きやすい場所を28個所特定しました。この28個所については、yuriCargoアプリ内で注意を呼びかける情報を配信しています。
情報を配信する際は、ヒヤリハットの起こっている個所についても具体的な地名に落とし込むことで「近所にヒヤリハットの個所があるので気を付けよう」と、興味を持ってもらえるようにしています。
また6個所については、イーデザイン損害保険株式会社のご協力で現場調査を実施しました。そのなかで、刈谷市の東境丸山町交差点ではモデルケースとして以下の対策が行われました。
① 非優先道路側にあった「止まれ」の標識をよりわかりやすい表示に変更
② 優先道路側には「事故多発注意」のペイントを追加
③ 歩行者保護のガードパイプを追加ー大府市プロジェクトの方はいかがでしょうか?
黒田:大府市プロジェクトは、市民が無理なく、自身の運転データで社会貢献をし、またそのデータに基づいた施策を市が行えるというコンセプトに共感いただき開始しました。目的は、生活道路の潜在的な危険個所の把握・分析、データを活用した交通安全対策と対策効果の検証です。市からも自治会や企業に参加を呼びかけてくださっており、賛同企業も増えていきました。参加者は2022年9月時点で約1,200名となり、10月にはyuriCargoデータのヒヤリハット多発個所から選定した3か所で交通安全施策を実施いたしました。
*大府市プレスリリース
ーyuriCargoについて、参加者や自治体からのフィードバックはどうでしょうか?
黒田:昨年9月に実施したユーザーアンケートでは、約9割の方から「安全運転意識の変化に効果があった」という回答をいただいています。「急の付く動作を意識して控えるようになり、結果的に安全、かつ同乗者にも優しい運転となった」というような、アプリがきっかけでご自身の運転を変えてくださった方もいらっしゃいます。
自治体からのフィードバックで課題も見えてきました。ヒヤリハットの件数はどうしても交通量が多い幹線道路に集中するのですが、自治体としては車幅が狭くて歩行者の多い道路に対策を行いたい。そのためには、もっと多くの近隣住民に参加していただくための仕掛けも重要です。
そこで大府市プロジェクトでは、大府市内の賛同いただいたコメダ珈琲店のご協力で、ドライバーに安全運転のお礼を提供する取り組みをしました。ドライバーが安全意識の高い運転をすると、yuriCargoアプリでメダルが溜まっていくのですが、前月に獲得したメダル数が10個以上の方には優良ドライバー認定書が発行されます。ドライバーがコメダ珈琲店でドリンクを注文する際にこの認定書を見せると、お礼にミニソフトクリームをもらうことができます。現在、刈谷市内のいくつかの店舗でもご協力いただき、お礼の取り組みが広がっています。
ーそれはモチベーションが高まりますね(笑)。具体的に、メダルはどのように獲得することができますか?
黒田:運転回数や、★5運転の回数、運転記録の振り返り、また前回よりも安全意識が向上した場合にメダルが得られるようになっています。
また、今はアプリからの運転データを元にして分析を行っていますが、今後は危険個所の特定と優先順位付けを行うために、従来とは違う軸のデータも収集しようと考えています。速度の可視化や住民の声などを収集することで、これまで以上に有効な分析ができるようになるでしょう。
機械学習で移動手段を自動判別
ーyuriCargoの大まかな構成を教えていただけますか?
黒田:スマートフォンにインストールされたアプリが運転データを収集し、移動が終了したタイミングで運転データをクラウドに送信します。これらのデータにスコアリングなどの処理を行ってデータベースに格納。ドライバ―には自身の運転の振り返りデータを、自治体様や企業管理者様には、統計データとしてヒヤリハットマップやプロジェクト参加状況などを提供しています。
ー「ドライバーの安全運転意識を高める」というのは抽象的な課題ですから、具体的なシステムに落とし込むまでにさまざまな試行錯誤があったのではないかと思います。どのように仕様策定を進めていったのでしょうか?
黒田:アジャイルに、いろいろな企業と会話をし、マーケットニーズを取り込みながら開発を進めていきました。
まず、「運転評価をドライバーにフィードバックすれば、ドライバーの安全意識が向上するのではないか」という仮説を立て、これに基づいてMVP(Minimum Viable Product)、つまり最小限のプロダクトを開発しました。その際はデンソーの社員に協力してもらい、プロダクトの評価を行いました。
MVPで最初の仮説がある程度検証できたので、次はユーザー視点でどのような機能が求められるか多様な企業と会話し、仮説を立てて実装していきました。そして、お問い合わせいただいた多くの企業にテスト利用してもらいフィードバックをいただきながら、さらに改善を重ねました。
仮説と検証を繰り返していたのは、ソフトウェア開発についてだけではありません。どのようなデータを提供すればご利用いただけるのか、いくらならご契約いただけるのかなど、顧客提供価値とビジネスモデルについても仮説検証を続けました。
アプリの一般公開後も、ユーザー、企業、自治体等からのフィードバックを受けて、改良だけでなく新機能を追加するというサイクルを回しています。最初にいきなり仕様をしっかりと決めるのではなく、常につくり続けていくイメージです。
ー後から追加していった機能にはどのようなものがありますか?
黒田:MVPの段階では、ユーザーが運転を始める前にアプリの記録開始ボタンを押すようになっていたのですが、それだとどうしても記録し忘れが起こります。運転途中に慌ててアプリを起動しようとすることは、スマホ操作を助長することになりますし本末転倒です。そこで、運転の開始を自動で検知してデータ収集を開始できるようにアップデートしました。
上原:自動でデータ収集をできるようにしたことで、課題もでてきました。スマートフォン側の加速度センサーのデータだけでもある程度ユーザーの移動手段を切り分けることはできますが、それだけだと精度として不十分な点です。そのため現在はクラウド上で機械学習を使った切り分け処理の開発を進めています。その1つが、決定木を応用した機械学習手法による、電車移動の除外です。
決定木というのは、与えられたデータを複数の条件に基づいて次々と分類していく手法です。今回の場合は、正解の教師データを与えて、電車を判別対象とした学習モデルを構築していきます。決定木はディープラーニングなどに比べて判断基準が明確というメリットがある反面、単独で用いると予測性能が上がりにくいというデメリットもあります。そのため、基本的には複数の決定木を組み合わせるアンサンブル学習により、モデルの構築を行っています。
アンサンブル学習の一種である勾配ブースティングという手法は、学習過程で予測を誤ったデータに対して優先的に正しく予測できるようモデルを修正していくという特徴があり、MicrosoftのLightGBMという機械学習分野で人気の高いフレームワーク(機械学習モデルの開発に使われる汎用的なソフトウェア)でもこの手法を採用していて、私が開発に用いているのも、LightGBMです。
ー移動手段判別モデルの開発は、どのように進めていくのでしょうか?
上原:データ分析の過程は大まかに、①データ収集、②データの前処理、③特徴量の作成、④学習モデルの作成、⑤モデルの性能評価・チューニング、⑥実装という6段階に分かれますが、特に大変な工程は②データの前処理部分です。
yuriCargoアプリはスマホの内蔵センサーでデータを収集していますが、ユーザーがトンネルや地下に入ってしまうとGPS情報が不安定になります。それが原因で、速度や加速度のデータが異常値を取ってしまうのです。そこで、GPSの挙動からデータの有効範囲を設定したり、不安定になる前後の値を使って不安定になった個所の値を補完したりといった前処理を行うわけです。
また、③の特徴量の作成においては、移動経路内のカーブの鋭さを点数化し、特徴量として採用しています。電車は線路の構造上、自動車や歩行者のような急カーブが取れないため、この特徴量の追加によって将来のバージョンでは、電車とそれ以外の移動手段の判別性能が大きく向上することを見込んでいます。
コネクテッドカーの世界を見据えてサービスをつくる
ーユーザーの移動手段判別に機械学習を用いているということでしたが、急ブレーキなど運転の評価にも機械学習は使われているのでしょうか?
黒田:現在のアプリのバージョンは、運転毎での移動全体のスコア提示なので、ユーザーはどのように運転を改善すればよいかわかりません。そこでデンソーの先端技術研究所HMI研究室が、機械学習を用いて右左折などのシーン別にスコアを算出することができる新しいスコアリング手法を研究中です。
具体的には、プロのドライバーによる運転データを用いてシーン別に運転モデルを構築し、ユーザーにシーン別の運転スコアをフィードバックすることを研究しています。yuriCargoのデータを活用した研究開発など、社内のエンジニアとのコラボレーションもさらに進めていきたい領域です。
ーモビリティの開発において、機械学習の重要度は極めて高くなっていますね。
上原:それは強く感じています。私はデンソーに入社して以来、電動車向け駆動用モーターの設計業務を行っていたのですが、全社的なリカレント教育を受けてソフトウェアエンジニアに転身しました。
最近では、愛知県立大学で機械学習の特別講義を担当させていただきました。yuriCargoで使われている実際のデータに対して、LightGBMを用いて移動手段の予測を行うという、今までお伝えした内容を学生にも体験してもらったのです。講義室は満員でしたし、デンソーに興味を持っていただいた学生も多くいらっしゃいました。データサイエンスやAIといった分野がすごく注目されていることを改めて実感しました。
ーyuriCargoの今後の展開について教えてください。
黒田:企業向けにドライブデータを提供する新サービス「yuriCargo Insight」2022年10月にリリースしました。最近はレンタカー、カーシェアなど独自にドラレコなどの設置をしにくいモビリティを利用して営業等を行う企業が増えていることもあり、yuriCargoで安全運転指導をできるようにしてほしいというリクエストがあり、こうした要望に応えるために開発しました。
このサービスを使うことで、危険な挙動が見られるドライバーを早期発見し、運転講習やeラーニングを受けてもらうなど、管理者様は未然に事故を防ぐアクションを取ることが可能になります。さらに、受講前後の運転データを比較することで、運転意識の変化も可視化できるようになります。
また、バイクや電動自転車等のパーソナルモビリティへの適用や、東南アジア諸国など交通事故の多い国での展開のご要望もいただいているため、チャレンジしていきたいと考えています。
このように今後も多様なユースケースでyuriCargoのデータを利用したいと考えているお客様や大学など、社会と一緒に価値やサービスを創り出し、より多くのドライバーに利用いただいて、安心・安全な社会を共創していきたいと考えています。
さらに将来を見越しては、コネクテッドカーが普及した世界への対応ということになるでしょう。今はスマートフォンのアプリでデータを取っていますが、今後はモビリティからクラウドへ直接データが集積されていきます。そのような世界でどのようなサービスを開発し、提供できるか。yuriCargoはそのユースケースとエコシステムづくりにもつながると考え、開発を進めています。
yuriCargoの詳しい特長や事例紹介は、こちらをご覧ください。
- yuriCargo WEBサイト
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