サイボウズ株式会社

「赤字って本当にいけないことですか?」東京糸井重里事務所 篠田CFO×サイボウズ 山田副社長対談

この記事のAI要約
Target この記事の主なターゲット
  • 経営者
  • 財務担当者
  • 投資家
  • 会計士
  • ビジネスマン
  • 経済学者
  • MBA取得者
Point この記事を読んで得られる知識

この記事では、サイボウズの副社長である山田理氏と東京糸井重里事務所のCFOである篠田真貴子氏が、赤字決算や企業評価に関する会計上の問題点について対談しています。サイボウズはクラウド事業への投資が原因で赤字を発表しましたが、現在の会計制度ではこれが経費とみなされるため、株価が低下することに納得がいかないと述べています。

会計制度は本質的に知的生産価値を捉えにくいため、サイボウズのクラウドサービスのような新しいビジネスが本当の価値を認識されにくく、投資家が株式市場で企業を評価する際の基準に影響しています。つまり、資産として評価される工場などの物的投資とは異なり、クラウドサービスへの投資が正当に評価されないシステムがあります。

また、赤字による企業価値評価の矛盾や、短期的な財務締結間隔(四半期、半期)が企業の長期的な成長を妨げる可能性についても議論されています。さらに、上場企業と非上場企業の違い、ステークホルダーの利益調整、そして企業の上場自体の意味についても問いかけが行われています。特に東京糸井重里事務所が自身の存在価値をパブリックに問うために上場を考えていることが議論の中で明らかになっています。

この記事を読むことにより、読者は今の会計制度が直面している限界や、企業の投資・財務評価に対する新しい視点を考えるきっかけを得ることができます。

Text AI要約の元文章
サイボウズ

「赤字って本当にいけないことですか?」東京糸井重里事務所 篠田CFO×サイボウズ 山田副社長対談

創業以来17期連続で黒字経営を続けてきたサイボウズが、6月に初めて今期の赤字決算予想を出しました。これにあたり、財務責任者を務める山田副社長が、自身のブログに「赤字決算に対する覚悟と思い」と題した記事をアップ。「なぜ黒字を続けるために投資を制限するのか、という問いに自分自身が答えられなかった」「単年度での赤字決算に意味はあるのか?」「黒字は善で、赤字は悪。本当にそれでいいのか?」というのがその趣旨です。

この記事に対して、「共感した」とコメントを寄せる人が現れました。山田副社長同様に銀行の出身で、『ほぼ日刊イトイ新聞』を運営する株式会社東京糸井重里事務所のCFO・篠田真貴子さんです。

篠田さんからの「山田さんとぜひ一度お話してみたい」というアプローチにより、2人の対談が実現。「赤字とは何か?」「企業の評価はどのようにされるべきなのか?」といった点について熱い議論を交わします。

ここが変だよ会計制度

山田さんのブログ記事、私、本当に共感したんです。

ありがとうございます。どのような点に共感してもらえたんですか?

サイボウズさんが赤字決算するのは、クラウド事業への投資が目的なわけですよね? サイボウズさんとしてはこれを「投資」と捉えているのに対し、今の会計ルールだと「経費」とみなされて赤字になってしまう。それで株が売られるというのは腹ただしいなと思ったんです(笑)

はい(笑)

私たちもコンテンツビジネスをやっていて、気持ちとしては「投資」と考えているものでも、建物や工場のような形ではないために、資産ではなく「経費」とみなされることがある。今の会計制度って、知的生産で価値をうむ事業にはちょっと使いにくいな、と思っていることが、今回共感を覚えた根底にあります。

実は僕も銀行員をしていた時は、「赤字にする経営者は許せない。投資などと言い訳しないでほしい」と思っていたんです(笑)。でも実際に自分が事業会社を現存の会計制度を使って経営する立場になると、実は一面しか見ていない制度ではないのか? と考えるようになりました。

篠田真貴子(しのだ まきこ)  東京糸井重里事務所取締役CFO(最高財務責任者) 1991年に大学卒業後、日本長期信用銀行(当時)入行。98年、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。99年、海外へ留学しMBAを取得。2002年以降2度の産休・育休を経験しながら外資系企業で活躍。2008年から現職。

本当にそうですよね。

しかも、決算も単年度から半期、四半期とどんどん短くなっていて、これが本当に正しいのかなと。昔はどんどん短くするのが適時開示で良いことだと思っていたのですが。

短くするほど、ものすごい短期経営になって、実はいろいろな事業の特性が見えにくくなるという考え方もできるんですよね。本来、どんな事業にも、その事業固有のサイクルがあると思うんです。 例えば私たちが製作している「ほぼ日手帳」のビジネスですと1年単位で動かしていますが、アパレル的なアイテムですと春夏・秋冬の年2回のサイクルで展開しています。造船や製鉄、鉄鋼・プラントみたいな事業になると、本来、10年以上といった単位で見ないと本質成果がわからないんじゃないでしょうか? それを全て1年、短い場合は3ヶ月で見ている。それって株式投資をしている人の都合に、過剰に合わせているんじゃないかと思ってしまうんです。

工場を3000億円かけて建てるとしたら、本来、その期は3000億円の赤字が出ているはずです。でも会計上は何十年もかけて償却となるから、黒字を維持していますという話になる。 工場が利益を生み出すのはずっと先で、リスクも大きいはず。それに対してサイボウズが提供するクラウドサービスは、今日お客様を獲得したら、すぐ確実にお金が入ります。健全性はクラウドサービスの方が高いはずなのに、工場は資産とみなされるので、単年度で比較するとサイボウズの経営状態のほうが悪く見える。この考え方を変えなくてはいけないんじゃないかと思うんです。

山田 理(やまだ おさむ)サイボウズ株式会社取締役副社長 兼 米国事業支援部長1992年大阪外国語大学卒業後、日本興業銀行に入行。2000年にサイボウズへ入社し、財務や人事の最高責任者を担当。

数値化されない企業の価値とは

結局、「個別事業の固有性独自性を追求する経営者」対「いろいろな事業を統一の物差しで並べて比較したい投資家」の意識の違いがあるのではないかと感じますね。 投資家にとってみれば、世の中にあるたくさんの会社から投資先を選ぶ仕事なので、似ている会社を並べて統一の物差しをあてないと理解判断できなくなるわけですよね。 しかし経営者は、誰でも、他社と違うことをして、差別化をして、そこで利益を出そうとします。極端に言えば「●●社に似ている」と思われたら、差別化が足りないんです。

サイボウズは上場して10年以上経ちます。当初は投資家向けにIRも適時開示もしていたんですが、ある時、はたと気づいちゃったんですよ。「この人たちって、何かあったら株を売っちゃうんだ」ということに。

なるほど。

サイボウズも一時、M&A(企業の合併買収)に手を出したことがあるんです。そうしたらいきなり株価がガンガン上がって、時価総額が1400 億円になった。今の約7倍です。当時の利益は5億円程度なのにですよ!?

1400億ですか!

それがライブドアショックでドーンと売られ。株主名簿を見たら、びっくりするくらい構成が変わっていました。そこで思ったんです。「今までの考え方でいったらダメだ」と。そこからはIRもメールでだけ行うし、業績説明会も一切しない。実績だけを見てください。そして、我々のこういう会社をつくりたい、こういう世の中にしたい、という思いに賛同してくれる方だけが株を買ってください、というように方針を転換したんです。

そうなんですね。

ただし、僕らは株式を上場することで、10億円の資金を調達した。その責任はあると感じていて、どうしたら責任を果たせるかと考えた結果、一時株価が下がった時に自社株を18億円分買ったんです。10億しか調達していないのに18億円の自社株買いを実施して筋を通しました。

会社には、社員、お客さま、取引先などさまざまなステークホルダーがいます。よい会社では、長期的な利益と発展が共通の"うれしいこと"や"価値"に直結します。ところが、外部株主だけは、違った動機で関わることができ、経営への影響力も大きい。投資家は他のステークホルダーとは違って売りと買いの両方が短期間でできるため、目指すところがずれやすいのではないかと感じます。経営者も社員も顧客も変わっていないのに株主だけが入れ変わっていて、それでいながら株主の権利が一番、みたいな論調がある。資本市場はとても大事ですが、そこには疑問を感じているんです。

上場会社を経営するのは、マネーゲームの中で生きていく覚悟をすることだと思っています。しかし、僕らはマネーゲームのために生きているわけじゃないですからね。 お客様や社員、パートナー企業からは喜んでもらっても、それは何の数値化もされないから、世の中の会計の基準からは評価されず、株主からは何をしているんだ! と言われる。それはちょっとどうなんだろうという思いはあります。

本当は世の中にものすごく価値が生まれているのに、ということですね。今の仕組みだと、会計上、評価されるのは御社がどこかの会社に買収される時だけですよね。その時、初めてのれん代として値段がつき、数値化されるのかなと。

税金を払わない会社が良い会社!?

そういう意味で、僕の仕事は「指標化」なのかなと思っているんです。会計の数字は1つの指標だけれども、それだけじゃない。サイボウズなりの指標を確立して、私たちはこれにこだわりますと世に打ち出す。それが気に入ったら投資してもらえばいい。

なるほど。

例えば最近、「税金の支払額を小さくするのが良い経営者」みたいな論調もありますよね。タックスヘイブンに会社をつくり、税金を払わなくすることが、株主利益にかない、ひいては経営者としての高い評価にもつながる、みたいな。「おかしいやろ!」と思いますよ。世の中のために税金を払っているのに、なんでそれがバカだと言われるのか。

わかります、それ。

そういう偏った指標がイヤなんですよ。トータルで税金をいくら払ったのかを国が公表して、「これだけ世の中に貢献してくれています」と表彰するべきなのではと思いますもん。株価だけでなく支払った税額も指標にすれば、「もっと税金を払おう」と頑張る会社も出てくるのではないかと。

糸井重里事務所には、「気仙沼ニッティング」という関連会社があります。気仙沼で、世界に通用するハイエンドの手編みニットをつくろうという事業です。それが初年度から黒字になり、法人税を払うことになったんです。それを編み手の方々に報告したら、「これで私たちも肩で風を切って街を歩けます」と喜び、ものすごく誇りを感じてくれました。ああ、これが仕事の原点だなと感激したんです。だから山田さんのおっしゃることには非常に共感します。

気仙沼ニッティングでの納税報告の様子(Facebookページより)

素晴らしい話ですね。もちろん指標として評価してほしいのは納税額だけではありません。雇用している社員の数だって指標になる。必死になって雇用を守ろうとして赤字ギリギリで頑張っている会社が、社員のクビをバンバン切ってリストラをしている会社より低く見られて「何をやってるんだ!」みたいに言われるのは納得いかないですよ。 また、もちろんサイボウズには「世の中のチームワークをより良くする」という目標があります。チームワークをどれだけ広げられたか、ということも1つの指標になり得ると思いますね。

チームワークを世の中に広げているサイボウズは素晴らしい、だから株を買おう、となるといいですね。バランスシートに載っていない部分も含めて、世の中に対して生み出しているトータルの価値を株主や多くの投資家も評価して、「サイボウズの株式を持っていることがうれしい」となったら、外部株主も含めた全てのステークホルダーの利益がつながるのではないかと思います。

会社にとって「上場」は本当によいこと?

実際に今、「サイボウズの想いに賛同して株を買っている」という株主は多いんですか?

多いと思います。ウチの株主総会では、あまりいろいろと文句をおっしゃる方はおらず。ほとんど「ファンの集い」みたいになっていますから。 株主の方々は当然、株価が上がることを期待していると思いますが、僕らは常々「株価上昇より配当」ということは言っていて。それはそれで株主に対する責任を果たすことになると思っています。「サイボウズの株価が上昇したから10億円儲かったよ、ありがとう」みたいにはならなくてもいいのかなと。 今、サイボウズの時価総額は200億円ほどですが、僕らはそれをより大きくしていかなくてはならないとは考えていないんです。逆に、株価が上がると、買ってくださる方々の期待に応えるためにもっと上げなくてはいけないのかも、という責任が出てきてしまう。そこが怖いんですよね。

そうなると、サイボウズさんにとって上場している意味はどこにあるのでしょうか?

正直、資金調達という意味ではほとんどないです。ただし、上場してみてからわかったんですが、上場会社が非上場会社に戻るのって難しいんですよ。本気でそうしようと思ったら、200億円調達しないといけませんから。そんなこと、上場する時には誰も教えてくれないんですよね。「上場しましょう。凄いことになりますよ!」と言うばかりで(笑) 逆に糸井重里事務所さんは、上場は考えていないんですか?

実は、考えています。5年半前に私が入社する前から、糸井は上場したいと言っていました。私は当初はあまり意味がないんじゃないですか? と言っていたのですが、今はそこに向けて頑張ろうと思っています。

そうなんですね。どういう理由からですか?

ひとつは、糸井にとって「東京糸井重里事務所」や「ほぼ日刊イトイ新聞」の事業は、提供価値、ものの考え方、チームのあり方を含めてひとつの大きなクリエイティブ活動なんですよね。それを世に問いたいという思いがあるからです。 もうひとつは広い意味での事業承継。弊社は、糸井重里というもともとかなり社会的信用がある人がつくった会社で、その信用を前提にして事業を育ててきました。では、糸井がいなくなった後どうなるのだろうか。糸井は、自分がいなくなったらこの事業は終わり、としたくないし、単なる著作権管理会社にもしたくない。糸井がいなくなってもそのときまでに、会社として社会に信用されている状況にしなくては、と思うと、今の私には株式上場という手法しか思いつかないんです。

まあ、今はまだ"上場していること自体凄い"という言葉の信用力がありますからね。ただ、最近はシステムにより、ほぼタダに近いコストでパブリックにアクセスできるので、そうしたものを使ってお金を調達している非上場企業がたくさんあります。 僕は楽天やAmazonで株を売ってもいいと思っているんですよ。それこそ『ほぼ日』のホームページで売ってもいいですし。東証の言うとおりにしてお墨付きをもらうより、自分たちで責任を持って情報を開示し、審査も行い、ホームページで販売するという形にしたほうがわかりやすいかもしれませんよね。 もしくは、株券をとにかく細切れにして、株主をとことん増やしてインフラとしてパブリックな会社になるか。どちらかに覚悟を決めないとやりにくいと思います。

面白いですね。私たちが上場で成し遂げたいのは後者の「パブリックになる」ほうに近いと思います。「世の中にあったら面白い会社」として、存在価値を認められ続けたい。今、そこは糸井個人のイメージに負うところが大きいのですが、それがなくなった際に別のシグナルを持たなくてはなりません。パブリックになることで、世間が「ほぼ日」を認知しているという形になればと思います。

なるほど。

このところ私の中で、現在当たり前とされている市場の仕組みが、50年前の会社のイメージでできているんじゃないか、新しい会社には合ってないんじゃないか、という思いがありました。今日、山田さんとお話してみて、やはりそうなんだな、と確認できた気持ちです。ありがとうございました。

こちらこそ、金融から事業会社という同じような道を歩んできて、長期で経営を考えようとする方とお目にかかる機会があまりなかったので、篠田さんとお話できたのは貴重な機会でした。その中で新たに気づくこともあったし、共感していただけて自信になった部分もありました。またぜひお話しましょう!

喜んで。

写真撮影:橋本直己 執筆:荒濱一

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執筆

ライター

荒濱 一

ライター・コピーライター。ビジネス、IT/デジタル機器、著名人インタビューなど幅広い分野で記事を執筆。著書に『結局「仕組み」を作った人が勝っている』『やっぱり「仕組み」を作った人が勝っている』(光文社)。

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撮影・イラスト

写真家

橋本 直己

フリーランスのカメラマン・エディトリアルデザイナー。趣味は尺八。そして毎日スプラトゥーン2をやっています。

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