大塚 玲子
いろんな形の家族や、PTAなど学校周りを主なテーマとして活動。 著書は『PTAをけっこうラクにたのしくする本』『オトナ婚です、わたしたち』(太郎次郎社エディタス)。ほか。
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この記事は、サイボウズのワークスタイルムービー「大丈夫」が日本の現代の育児と働き方の問題についての考察やディスカッションを呼び起こしたことについて述べています。この動画は、保育園に幼い息子を預けて働く母親の日常とその心の葛藤を描写し、多くの親から共感を得ています。その評判を基に、サイボウズと日本財団のママプロが多様な参加者とトークイベントを開催しました。参加者たちは日本社会の自己肯定感のなさや、東京特有の育児環境、夫の不在感、育児における父親の役割などについて、それぞれの立場から意見を交わしました。特に、日本では家族や地域の支援が欠如しており、母親が孤立しがちな育児の現状が東京に集中する都市問題として指摘されています。また、父親の育児参加や企業の育児支援体制の重要性も議論されています。この記事を通じて、日本の育児環境の課題と可能性について考える機会を提供しています。
多様な参加者がフィッシュボウル形式で意見を交わす。
2014年12月に公開され、幅広く評判を呼んだサイボウズのワークスタイルムービー「大丈夫」。幼い息子を保育園に預けて会社で働く一人の母親の日常や、心のなかの葛藤を丁寧に描写したこの動画は、多くの親たちの共感を呼び、注目を集めました。 この動画をヒントに、いまの日本の子育ての状況をみんなで考えようと、日本財団ママプロ×サイボウズがトークイベントを企画。
TAO CAFE代表の林田暢明さん、リベルタ学舎代表の湯川カナさん、漫画家でメディア関連企業勤務の長縄美紀さん、ベネッセコーポレーション勤務でソーシャルごはん主催者の青木智宏さんら、多彩な背景の方々によるディスカッションの様子をお届けします。
主人公の女性が「自分を愛せているだろうか?」とつぶやくシーンがありますよね。わたしはスペインに10年いて、5年前に日本に帰ってきたんですが、こういう言葉が出てくるところがすごく日本的だな、と思いました。
日本に帰ってきたとき、こっちのお母さんたちがみんな元気がないことに驚きました。みんな「子どもの身長体重が、成長曲線の標準よりどうだ(低い・高い)」とか「離乳食を食べてくれない」とか「おむつがまだとれない」とか、いろんなことを気にしている。「なんでみんな、こんなに大変なんだろう?」と考えました。 みなさんご存知のように、スペインは経済破綻をしているような、ある意味“ダメな国”なんですが、住んでいる人はみんな自信満々なんですよ。「おれは世界一!」と思っている。日本の人たちには、そういった自己肯定感がないんですね。
湯川カナ/一般社団法人リベルタ学舎代表 大学在学中からYahoo!Japan立ち上げにかかわる。数億円のストックオプション権利を得るもスッパリと返上し、スペインへと魂の亡命を果たす。現地で「ほぼ日」フリーライターとなった。出産し、子どもが3歳のとき日本に帰国。神戸にて「子どもと大人が生きる知恵と力を高める学びの場」として“リベルタ学舎”を開校。1年で運営が破たんしたが、手をさしのべる人が次々と現れて新生&活動中。最新刊は『「他力資本主義」宣言-「脱・自己責任」と「連帯」でこれからを生きていく』(徳間書店)。自分の弱さも他人の弱さも、まるごと認めて楽しく生きることを推奨する。
僕がこの動画を見て思ったのは、「いつから、こうなったんだろう?」ということです。話が相当遠くに飛びますが、1700年代にイギリスのある女性が離婚をしました。この人は4人の子どもを抱えていてなかなか再婚できなかったんですが、アメリカに渡った途端に、めちゃくちゃ求婚されたそうなんです。
つまり、ある程度成熟した当時のイギリス社会では4人の子どもが「コスト」だったのに対し、新世界アメリカでは「資産」だったということ。日本でも、かつては子どもが資産だったはずなのに、いまはこの動画を見てもわかるように、完全にコスト化してしまっていますよね。いつからこうなっちゃったんでしょう、と。
林田暢明/コラムニスト、TAO CAFÉ代表 2001年に下関市立大学経済学部卒業、日本銀行に入社。2003年、財団法人松下政経塾に入門。その後、地域活性化を目的としたカフェ「TAO」を福岡市に設立。現在は東京と福岡の2拠点居住生活を送っている。全国各地の自治体へのコンサルティングも行っており、総務省の地域資源・事業化アドバイザー、福島県双葉郡「ふたばみらい学園高校」設立ディレクター、福島県南相馬市教育復興アドバイザー等を歴任。上の子どもが生まれたときは2年間ずっと育児を担当。この日も、上のお子さんを連れて参加いただきました。
わたしは最近、家族というものを、サッカーのフォーメーションで考えているんです。
この動画に出てくるお母さんは、ミッドフィルダーであり、フォワードであり、ボランチであり……みたいになっちゃっていますよね。だから、30年間近く続く子育てというサッカーゲームの最後まで走りきれないうちに、たぶん倒れちゃう。
一方で、この家庭のお父さんはフォワードにしかいないんですね。たぶん真ん中にも戻ってこないし、守備をする気もない(笑)。
子どもが育つまでの間は、地域の人とか、家族以外の人たちもコートの中に入って、ちゃんとみんなで守りあえるようにしていかないといけないのかな、と思いました。
長縄美紀/クリエイティブディレクター、コピーライター、まんが家 まさにこのムービー「大丈夫」状態にあるワーキングマザー。女性の働き方・生き方を自由にしたいという思いを胸に、ワーキングマザーの働き方や生き方、そのなかでの葛藤を、漫画「にこたま」に描いている。社会課題に取り組む人や団体、企業を漫画で支援する「ソーシャルまんが広報部」を立ち上げて活動中。本業は、メディア関連企業のクリエイティブ・ディレクター。企業のダイバーシティ推進や、女性の就業支援事業などを担当している。子どもは1歳8ヶ月(2015年2月現在)。
僕がこのムービーを観て一番に考えたのは、女性へのキャリア教育のことです。
アメリカやヨーロッパの女性に話を聞くと、概してみんな早く赤ちゃんを産みたがっている。それは、そういう教育を受けてきているからです。そのほうがもちろん安産ですし、「キャリアを積む」という意味でも適しているんですね。20代で早めに出産して、30代になって子どもが手を離れてから自分のキャリアを頑張ればいいじゃん、という。
「なんで日本でもそういうふうにならないのかな?」と思ったんですが、日本では「早く生みなさい」という教育をしてきていないんですね。
青木智宏/株式会社ベネッセコーポレーション、NPO法人オトナノセナカ理事、一般財団法人 学習能力開発財団Lead理事、ソーシャルごはん主催者 町田市在住の、団塊ジュニア父。小学生の娘2人。放課後の学校を開放し、地域の力を結集して、あらゆる子どもたちに無料、且つ安全で持続可能な「学び」と「遊び」の場を提供する!ことを2015年のミッションとする。
もうひとつ、この動画には「東京の問題」もあると感じました。人や企業が集中している東京は、子育てしやすい環境ではないですよね。今後も人々が東京に流れ続ける限り、少子化は進むんじゃないでしょうか。
僕の勤務先は本社が岡山なんですが、あちらは3人兄弟とかザラにいます。
たしかに、東京の像ですよね。地方では、こういうお母さんはあまり見ません。みんな、おじいちゃん・おばあちゃんと同居していますから、夫婦だけで子どもを育てなくていい環境がある。
わたしもこの動画を、すごく「東京的」だと思いました。わたしはスペインに行く前は東京に住んでいたんですが、3歳の子どもを連れてスペインから帰ってきたとき「東京に住むのはやめよう」と思いました。東京で子育てするのはしんどいな、と思ったんです。
何がしんどいか、すなわち何が「東京的」かというと、「人はみんな、それぞれでお金を稼いで、隣の人など頼らずにやっていくべし」という「自力」の価値観の強さというか。このムービーに父親が一切出てこなくて、お母さんがひたすら一人でがんばっている背景には、そういった価値観があるのではないかと思いました。
(会場から)中村といいます。タイ在住で2人の息子を育てています、今は一時帰国しているんですが。僕もこの動画を見て最初に思ったのは、やはり「父親が出てこないこと」で、それは「とてもリアリティがあるな」と思いました。
これってやっぱり、ママだけで解決することじゃないですよね。どちらかというと、パパのプロジェクトじゃないでしょうか。男の働き方や、企業の在り方をどう変えるか、というところを考えないといけないんだと思います。長く会社にいないと気まずいから残業しちゃうような風土を企業が変えていかないと、パパたちがバランスのとれた生活をできるようにはならないわけで。
秋庭麻衣/株式会社Lifull FaM代表取締役 株式会社ネクストで新卒入社1年目で妊娠し第一号の育休を取得。人事企画・組織開発部門のマネージャーを経て2014年10月にネクスト100%子会社としてLifull FaMを設立。「子育て」と「仕事」をHAPPYにするための家族のコミュニケーションアプリLifull FaMを2月にリリース予定。
(会場から)秋庭と申します。私は小4の娘がいて、子育てしながら時短勤務で働いてきました。だからあの動画を見たときは、本当にもう「(共感して)涙が!!」という状態でした(笑)。 わたしも、あれを観て一番感じたのは「パパはどうした?」ということです。わたしはいまシングルなんですが、大抵の人はパパがいるわけなので、まずはもっとパパと分担することができればいいのにな、と思いました。
あのムービーで一番共感したのは、母親の葛藤の部分です。仕事をもっとがんばりたいんだけれど、それが十分にできなかったり、子どもが病気なのに仕事のことを考えてしまっている自分を「悪い母親じゃないか」と責めてしまったり。その葛藤をなんとかできるのは、やっぱりパパかなと思います。
(会場から)わたしも“林田”と申します。子育て支援室で子育て家庭の支援をしつつ、ファザーリング・ジャパンというNPOで夫婦を支援する「FJパートナーシップ・プロジェクト」のリーダーをやっております。
いろんなお母さん、お父さんたちと接していて思うのは、みんなそれぞれの立場で精一杯がんばっていて、既にいっぱいいっぱいだということです。
いまのお父さんたちのなかには、さっき中村さんが指摘されたように、まだ働き方が変わっていない職場で、ギリギリでがんばっている方も大勢いらっしゃるんですね。一方でお母さんたちもそれをわかっていて、でも自分自身もいっぱいで苦しい、という状態です。
やっぱり、まずはお母さんたちがSOSを発信することが必要だと思います。ママたちに意見を聞くと「(言わなくても)気付いてよ」と言うんですけれど、パパは言わないと気付かないんです。わたしも結婚15年目なんですが、それでも夫は言わないと気付きません(笑)。
もしかしたら動画のママも、「わたしがやらなきゃ」と思って、自分で育児を抱え込んでしまっているのかもしれないな、と思いました。夫と妻の間でも、家計への貢献度や時間的余裕に差があったりしますよね。それでお母さんたちは無意識のうちに遠慮して、夫に「辛い」と言えないところもあるのかもしれませんね。でも言ったほうがいいんです。
林田香織/ファザーリング・ジャパン理事、ロジカルペアレンティングLLP代表、NPO法人コヂカラ・ニッポン理事、NPO法人いちかわ子育てネットワーク 副代表理事 保育士、 ペアレンティング&パートナーシップアドバイザーとして年間約1000人以上のパパ、ママの声を聴く。自治体、教育機関、NPO法人、企業等と連携し、パパ・ママスクール及び、パートナーシップ講座の講師として活動。
たしかにパパたちはそういうことに気付きにくいですね。僕も正直言って、気付けなかったことも多いと思います。そうすると妻はあるとき爆発してしまう。「ああ、それなら先に言ってよ」とパパは思う(笑)。
うちの場合は逆で、ダンナのほうが溜め込んで、ある日ボルケーノのように爆発してしまいます。わたしもダンナも、ふたりとももう持てる荷物はいっぱいなんですよ。だから、それを誰かに持ってもらうことは必要ですよね。
「自分の気持ちにフタをしない」ということが大事だと思います。仕事でも、抱え込んでしまうと上司や周囲の人と分かり合えないままのことがありますけれど、そこは抱え込まずに言っていかないと。家庭でも、地域でも、そのSOS発信は必要だと思います。
ありがとうございました。本日は、みなさんが話してくださった、いろんな視点を持ち帰っていただけたらと思います。
第2部はテーブルごとに全員でディスカッション。親子や夫婦でこられる方々もいました。
ムービーの感想、社会の課題について意見が話し合われました。
企業の人事部に所属し子育てを楽しんでいる男性からは「ワーキングマザーが苦しいのはわかった。男性に対して育児が楽しいことを広めたい」といった意見もでました。
文:大塚玲子 撮影:内山明人 編集:渡辺清美
ワークスタイルムービーから働き方を考える:
・先陣をきって育休を取ったイクメンのリアル
・妻に対して「手伝う」はNGワード? 父親の役割って何?
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